『人間はたまねぎ』

『人間はたまねぎ』


ひさしぶりに、カレーライスをつくりました。
一般的に「ひさしぶり」という言葉から連想できるのは、「数ヶ月ぶり」とか「数年ぶり」ではないかと思います。

しかし、ここで僕がいう「ひさしぶり」はそんなレベルを超えています。なにしろ、まだ子どもも生まれていなかった新婚時代以来なのですから。だから20数年ぶり。

それだけの空白期間を経てカレーライスをつくろうと決心したとなると、そこにはなにか特別な理由があってもおかしくはありませんよね。ところがどっこい、理由はなにもありません。ただ単に、「つくろうかな」と思っただけのこと。

「なに、このつまらない展開?」とか思わないでね。そんなものよ。

ここしばらく肩甲骨周辺が痛く、その影響で右手小指が痺れて仕事に支障が出ていたりするので、気分転換をしたいという思いはあったかもしれないけど(あ、きっとそれだ!)。

なお、カレーといっても香辛料からつくるような本格的なものではなく、あくまで市販のルウを使用した“日本のカレー”です。いつかは本格的にやってみたいという気持ちもなくはないけど、まだその段階まで行っていないし、そうでなくとも「日本のカレーでなくてはいけない」というような謎の執着心が自分のなかにあったのです。

うまくいえないんだけど、家族でテーブルを囲んで食べるカレーは“日本のカレー”じゃなきゃいけないような気がして。

かくして、まるで山登りの準備でもするみたいに大げさな勢いで近所の西友へ。そして材料を買ってくると、家族の期待を一身に背負い……いや、それはウソだ。家族に軽くディスられながら、カレーづくりに励んだのでした。

偉そうに「カレーをつくる」発言をしておきながら、すぐに「○○ってどこにあったっけ?」「△△ってこれだっけ?」みたいな感じで妻を質問攻めにするのだから、そりゃディスられても仕方がありませんな。

でも、ひさしぶりに包丁を握ってみて改めて実感したのですが、たまねぎの攻撃性ってとんでもないですね。「別にどーってことないだろう」とタカをくくっていたのだけれど、涙が出まくって大変でした。

あとから検索してみたら「切る1時間くらい前から冷蔵庫で冷やしておけば大丈夫」みたいなヒントが出てきたんだけど、そういうことは先にいってよ(誰に文句をいっている?)。

で、こじつけるわけではないんだけれど、それで思い出したのが、最近読んだ『人間はたまねぎ – 自分の心の取扱説明書をつくろう!』(小川仁志:著/ワニブックス刊)という本のこと。

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誰よりも身近な存在であるにもかかわらず、知らないことだらけだった「自分」を見つけ出すための手段をレクチャーした書籍です。

その根底にあるのは、私たち人間は「達成感」「義務感」「罪悪感」「親近感」「嫌悪感」「劣等感」「幸福感」と、7つの感情を皮のように身にまとって生きているということ。
いってみれば、それら7つの感情を、まるでたまねぎの皮のように身にまといながら、我々人間は存在しているという考え方です。

だとすれば、7枚の皮をその皮を1枚ずつていねいに剥がしていけばいい。そうすれば、うれしいことも、悲しいことも、ムカつくことも、楽しいことも、つまりはさまざまな感情を使いこなし、味わい深い人生を手に入れることができるというわけ。

だから、「答えにたどり着くのは、意外に簡単」だってことを著者は伝えようとしているのです。

そこで本書では、「達成感の皮」「義務感の皮」「罪悪感の皮」「親近感の皮」「嫌悪感の皮」「劣等感の皮」「幸福感の皮」と、それぞれの皮についてわかりやすく解説しているわけです。難しい言葉や表現は使われていないので、それぞれの本質を無理なく理解できるはず。

「これを読んで人生が劇的に変わった!」なーんて嘘くさいことにはならないだろうけど(よくあるあのテの表現って、ほんとに胡散臭いですよね)、少なからずゆったりとした気持ちにはなれるかもしれない。

なお個人的には、7枚の皮を経たあとの短いあとがきに、「人間の芯」というタイトルがつけられているところに共感しました。皮を剥がしていったら、やがて芯=本質にたどり着くわけですからね。

では、本質たる人間の芯とはなんなのか?

この点について、著者は「無」なんじゃないかと考えているそうです。無が感情の皮に覆われ、人として成り立っているということ。そして、なぜ無なのかといえば、ブラックホールのように、喜びも悲しみも他者さえも、なんでも吸い込むから。だから本当はなにもないのではなく、無限だということ。

なんとなく、納得できる考え方だとは思わないでしょうか?

で、この考え方をまとめた部分を、今回の「神フレーズ」としてご紹介しておきたいと思います。

切なくて強い人間が、生きる中でさまざまな経験をし、その都度新たな感情に覆われていくのです。(253ページより)

ほんとにそうですよね。

さて、ほんの気まぐれから家族を振りまわすことになった僕のカレーライスづくりですが、おかげさまでトラブルもなく(カレーつくったぐらいでトラブルが起きたら困るし)、無事に完成することができました。

家族でテーブルを囲みつつ、軽くイジられながら食べるカレーは、自分でいうのもヘンだけどなかなかのもの。
辛さのなかにたまねぎの甘みが感じられ、それが心地よく、ちょっと幸せな味だったのでした。 

 

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Written by innami atsushi
innami atsushi

印南 敦史(いんなみ・あつし)/作家・書評家・ライター 1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は、「ライフハッカー[日本版]」「マイナビニュース」 「ニューズウィーク日本版」「Suzie」など多くのメディアで連載。最新刊『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社刊)がベストセラー記録更新中。FMおだわら78.7Mhzで 毎週日曜日20:30~21:00(再放送:金曜22:30~23:00)、ラジオ番組「印南敦史のキキミミ図書館」のパーソナリティも。http://book-radio.net

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