『教科書名短篇 – 少年時代』

『教科書名短篇 – 少年時代』


あっという間に7月です。

なーんて書くと「余計なこというな!」という声が聞こえてきそうですが(かくいう僕自身が、書いた自分に文句をいいたい)。

時間の経過は歳を重ねるごとに速くなっていくといわれますけれど、残念ながら、本当にそのとおりですね。もちろん、かといって否定的になる必要もないのでしょうが、少しばかり寂しい気分になることは否定できないわけです。

特に夏が近くなると、まだ少年だった時代のことを嫌が応にも思い出したりするので、しかも、それがちょっと切ない記憶だったりもするので、感傷的な気持ちを猛烈に払拭したくなり、「アーッ、もう! これだから夏は嫌いだぜ! いや、大好きだぜ!」と、なんだかよくわからない境地に追い込まれていったりもするのです。

さて、先日のことです。高円寺の文禄堂書店で、拙著『遅読家のための読書術』に関連したトークショーを行ってきました。文禄堂は僕の住む荻窪にもあるのですが、高円寺店にお邪魔するのは初めて。いい感じに進んだトークショーの内容もさることながら、店内の居心地のよさもすっかり気に入ってしまいました(別に宣伝を頼まれてるわけじゃないよ)。

で、店頭を眺めながら感じたことがあります。出版不況だなんだかんだといわれているけれど、そのぶん今後はさらに、キュレーターたる書店員さんの選書センスが重要な意味を持ってくるのだろうなということ。

 POPなどさまざまな仕掛けとともに、毎月多くの新刊が並ぶのですから、やはり視線は自然とそちらへ向くことになります。そして、“いま、なにが話題となっているのか”を知ることは、消費者にとって大切なことでもあるでしょう。そこから、社会の一端を垣間見ることができるからです。また書店サイドにとっても、大きく動く新刊の売り上げには重要な意味があるはずです。

ただ、それだけではなく、書店員さんの「その新刊もいいけれど、それが好きならこっちもきっと好きだろうと思いますよ」というようなメッセージこそが、現代の、そしてこれからの書店にとっての鍵になるだろうということ。

考えてみれば当たり前の話で、つまり新刊であろうが3年前の本であろうが、いいものはいい。でも、新刊にくらべ、少し前の刊行物には日の目が当たりにくい。だからこそ、“キュレーター視点”がものをいうわけです。

改めてそんなことを実感したのは、トークショー開始までの待ち時間に店内をぶらぶらしていたとき、気になるものを見つけたから。それは、書店員の方が自分の視点でチョイスしたのであろう文庫本でした。
すなわち、今回ご紹介したい『教科書名短篇 – 少年時代』(中央公論新社編/中公文庫刊)

印南さん連載用text
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タイトルにあるとおり、少年少女期特有の甘酸っぱい思いを描いた短編を、中学校の教科書のなかから選んでまとめた作品です。

ヘルマン・ヘッセにはじまり、永井龍男、井上靖、長谷川四郎、安岡章太郎、吉行淳之介、竹西寛子、山川方夫、三浦哲郎、柏原兵三、阿部昭、魯迅と、12人の作家による12本の短編集。なじみ深い人から記憶にない人まで、揃った作家もその作品もさまざま。しかし、大半が日常を綴ったにすぎないそれらの作品は、気をてらっていないがゆえに、ひとつひとつが心に残ります。

そして “かつて少年だったことがある”自分にとっては、そこに描写された少年たちの幼い愚かさが愛しかったのです。たとえばヘッセの「少年の日の思い出」(高橋健二訳)は、友人が大切にしていたチョウの標本を盗んでしまった少年の葛藤を描いた作品。三浦哲郎の「盆土産」は、東京に働きに出ていた父親が帰省土産に買ってきた「えびフライ」に感動する子の話。そして柏原兵三の「幼年時代」は、入室を禁じられていた父親の書斎に入った主人公が「やらかして」しまう物語。

これらの作品に共通しているのは、男の子のアホさ。つまり、女の子とはちょっと違う男子ならではのかわいらしさにあります。それが懐かしくもあり、読み終えると心のなかを風がすっと通り抜けていくような気持ちになれるということ。

もちろん少年を題材にした作品だけが掲載されているわけではないし、山川方夫「夏の葬列」のように、女の子の死を描いたずしんと重たい作品もあります。しかしそれらをも含め、すべての作品が短編ならではの説得力を投げかけてくれるのです。

でも、個人的にいちばん響いたのは、阿部昭の「あこがれ」。題名からも想像できるとおり、思春期の少年の淡い恋心を描いた作品。ハッピーエンドというわけでもないのだけれど、小さな描写までもが、かつて自分も体験したことのある恋心を思い出させてくれるといいますか。

で、今回は「あこがれ」のなかから「神フレーズ」を引いてこようと思います。近所に住む“彼女”のことを意識しはじめた主人公の気持ちを描写したこのフレーズって、思春期の淡い恋心を絶妙に描写しているから。

 

彼はもう一度、鏡の中を見た。鏡にうつっている少年はわざとのように浮かない顔をしていた。その顔はこういっているようでもあった――僕にはほんとうのところよくわからない。彼女が好きなのかどうか、これが好きだということなのかどうかも。わかっているのは、彼女のことを考えはじめるともう何にも手がつかないということだ。(188ページより)

 

文字を目で追うだけで、忘れかけていた感覚が蘇ってくるような気がしませんか?
愛情表現というものは年齢に応じて変化してくるもので、年を重ねていけばいくほど深まっていくものもたしかにある。しかし、この時期の恋愛感情の「どうしたらいいのかちっともわからない感」って、ものすごく美しいじゃないですか。

なお、阿部昭は情景描写に長けた作家で、ちょっとした表現にも見逃せないものがあります。

彼女は立ち話のあいだ、腕をのばして庇(ひさし)から落ちる雨の雫(しずく)を手のひらに受けていた。雨滴はときどき中心をそれて、時計をはめた彼女の白い手くびにあたってはねた。(199ページより)

無駄な言葉が一切なく、それでいて映像的。ものを書いている身として、こういう文章が書ける人には嫉妬心すら抱いてしまうな。

僕は仕事柄、毎日たくさんの本を読んでいます。それは、“本がそこにあること”を当然のことのように思ってしまいがちな立場にいるということでもあるでしょう。でもそんなときに書店を歩いてみると、忘れかけていたことを思い出すことができるのです。そのひとつが、予期せぬ本との出会い。
今回ご紹介した本だって、文禄堂でのトークショーがなかったとしたら、手にとることはなかったかもしれないわけですしね。

 

 

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Written by innami atsushi
innami atsushi

印南 敦史(いんなみ・あつし)/作家・書評家・ライター 1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は、「ライフハッカー[日本版]」「マイナビニュース」 「ニューズウィーク日本版」「Suzie」など多くのメディアで連載。最新刊『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社刊)がベストセラー記録更新中。FMおだわら78.7Mhzで 毎週日曜日20:30~21:00(再放送:金曜22:30~23:00)、ラジオ番組「印南敦史のキキミミ図書館」のパーソナリティも。http://book-radio.net

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