第5回 宿命に辿り着くためのヒント④〜もって生まれた天分は、神様からの「強制融資」

第5回 宿命に辿り着くためのヒント④〜もって生まれた天分は、神様からの「強制融資」


———————————————————————————–

「若きカリスマヒーラー」として注目を集めるyujiさんが、
人生に悩まずにまっすぐに自分の本来の宿命を知り、
また、それを生かした充実した人生を送るための
「自分軸で生きるヒント」をお伝えします。

———————————————————————————–

こんにちは。ヒーラーのyujiです。
さて2017年が幕を開けました。
本年も愚直に、「上の世界」の広報活動に勤めていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて前回は、「好きなこと」=宿命とは限らない、という予告まででしたね。
宿命に辿り着くためには、「8歳頃までの子ども時代に夢中だったこと、無意識レベルで惹かれていたことにヒントがある」ともお伝えしてきました。
というと、

「それってつまり、自分の好きなこと、やりたいことじゃないの?」

と考える方がとても多いのですが……。
じつはそこにはトラップがある! ということを、今回は声を大にして、お伝えしていきたいと思います。

僕たち人間は、オギャーと生まれた瞬間から、
神様に「天分」という名の強制融資を貸し付けられています。

「天からの分け御霊(みたま)」と書いて、天分。
これはどういうことかというと、
神様というのは、宇宙のことから地球のことまで、なかなかにお忙しいのですね。
神様に仕えている天使もたくさんいるのですが、そちらはそちらで、秘書業務が忙しい。

ならば、
「人間に神様の才能の一部(=天分)を授けるから、
人間界のことは人間でまとめちゃって下さいね」
ということで、
僕たちはいわば、神様から「業務委託」を請けている立場といえるのです。
わかりやすくするために、ずいぶん飛躍した説明になりましたが(笑)、
人はみな、神様から与えられたこの天分を使って世の中に貢献し、魂を磨くことを旨に生きています。

神様は時々、融資の取り立てに来る

もうひとつハッキリといえるのは、「この世に天分を与えられていない人はいない」ということ。
文才や音感、美的センスといったわかりやすい才能に限らず、
「あの人が場にいるだけで癒される」といったことも、その人に与えられた「天分」の一つです。

ただしここで大切なのは、あくまでもそれは「神様から貸付られているもの」だということ。
「神様から与えられたギフト」と言えばやさしい表現になるかもしれませんが、
僕はあえて「神様から強制的に貸し付けられた融資」と言いたい。
それはなぜかというと、
「貸している天分をきちんと運用していますか?」と、
神様からの取り立てのタイミングは必ずやって来るから
です。

神様と人間の関係でいうと、
「自分はすごい才能の持ち主だから」とカン違いして努力を怠ったり、
「それは私らしくないからイヤ、ほかのことをしたい」などと拒否したりしていると……。
さて、どうなるでしょうか。

「天分という貸付融資で、世の中を幸せにする」という
ミッション(返済)ができていないのですから、
強制執行がガツーン! と執り行われることになります。

もし銀行だったとしたらどうなるでしょか。
おそらく“財産差し押さえ”になると思いますが、
“上”的な差し押さえはどうなるかというと、
ある日突然会社をリストラされる、離婚する、あるいは病気になる……といった
ライフイベントが発動されてしまうのです。

個人のクレジットカードにたとえるならば、
はじめは「10万円」だった限度額が、使うほどに20、30万と上がり、
ゴールドカード、やがてはプラチナカードへの招待状が送られてくるようになります。
そうやって神様に与えられた天分を使って巧く運用していくと、
上からの与信が増え、さらにまた大きなエネルギーが“上”からやってきます。

「自分のパイプは何か」を理解し、そのエネルギーを通して社会に貢献していくと、
最初は細かったパイプも次第に太くなり、たくさんエネルギーを流せるようになる、
と前回までもお伝えしてきました。
説明が長くなりましたが、それがまさに「天分を使う」ということ。
つまり、個人的な「好き」「やりたいこと」「憧れ」とは、
意味合いが大きく異なっていることにお気づきでしょうか。

「好き」「やりたいこと」「憧れ」よりも、「その天分でいかに周囲を幸せにするか」

たとえば、学校の運動会のリレーで、いつもクラスでアンカーを頼まれる子がいたとします。
実際足が速いので、出れば「ごぼう抜き」で勝てるけれども、
本人は「目立ちたくない」とか「面倒くさい」と思っている。
そういう場合、「足が速い」というのは彼の天分ですから、
クラスメイトのために、気が乗らなくてもリレーには出たほうがいい。
なぜなら、「目立ちたくない」という気持ちは彼の個人的都合でありエゴでしかなく、
そちらを優先すれば、貸付の天分を生かすことにはなりません。
反対に、「クラスに役立つなら」と天分を生かしてさえいれば、
極端な話、本人の思いとは関係なく、オリンピック選手といった一流アスリートにまでステップアップする可能性も十分にあるといえます。

個人的な「好き嫌い」「やりたい・やりたくない」は、
世の中の全体性という“上的”バランスから考えると、必ずしもまわりの役に立つとは限りません。
そこでぜひフォーカスしていただきたいのは、
自分のもってる天分(才能)を使うことで、いかにみんなが幸せになるか、という視点。

音楽の才能がある人は、本人の好き嫌い問わず、それを使えばみんなが喜び、
おのずと社会に「お金」というエネルギーが循環するようになっています。
しかしここでも気をつけたいのは、
「自分は音楽が好きで、ミュージシャンに憧れている」けれど、それは「天分ではない」という場合。

「好き」「憧れ」という思いは、実際とてもあいまいなものです。
親がたまたまロック好きだったから「好き」になったり、
最近見た音楽番組でカッコいいアーティストがいたから「自分もなりたい」と思ったり。
たとえその時は好きでも、時が経てば飽きてしまうことだってあるわけです。
なので、「好き」の思いはあくまでも感情が上書きされた「経験由来」のものであり、
必ずしも「魂由来」とは言えない場合が多いのです。

実際、「魂由来」の天分を使っていない人は、
まわりに流されやすく、「やりがい」とか、「自分探し」の旅の果てに迷走してしまうことが多いと感じています。
もちろん、「好き」「憧れ」の気持ちを大切にすること自体を否定するわけではありません。
でも、神様に与えられた天分に目を背けているかぎり、
その「好き」や「憧れ」は、たんなる人間のエゴでしかなく、
固執すればするほど、本来あなたが生きるべき座標から遠ざかってしまうでしょう。

新年早々、ちょっとキツめな内容になってしまいましたね(笑)。
でも、ここは神様に好かれるための「基本のキ」。
重要アンダーライン箇所ですので、次回もこの天分について、もう少しお話したいと思います。

次回の更新は1月25日(水)!
お楽しみに!

Written by yuji
yuji

香川県高松市生まれ。高校卒業後、渡伊。 現地デザイン系大学院卒業後、デザイン事務所に勤務。帰国後、数社での実務経験を経てクリエイティブとその先を繋ぐ仕事に就く。幼い頃から”お呼び”がかかっていたが、そのいわゆる“いかがわしい”道ではなく、ものづくりの道に進む。 しかし、上から度重なる「上からのメッセンジャーとして生きなさい」という警告をうけ、ヒーラーとして活動する決心をする。現在はクリエイティブ活動と並行し、多くの人にセッションを行うほか、自身のさらなるレベルアップのために聖地を巡る日々を送る。

»http://u-tnk.com/

»この連載の記事を見る