女子校と蜘蛛の糸  #それでも女をやっていく

女子校と蜘蛛の糸 #それでも女をやっていく


かなり恥ずかしかったけれど、事情を説明すると、アイコさんは非常に心配し、次の週末に現金200ポンドを渡すと約束してくれた。
色々と調べた結果、国際送金のサービスの登録・即時利用ができることがわかったので、先に、わたしの家族の口座から、アイコさんの口座へ、200ポンド分の送金をしてもらうことにした。アイコさんに頼むのが、実質的には借金ではなく、換金となるように調整した。

できるだけ先方の心配を減らせるように頭をひねりはしたが、後からアイコさんに聞いたところ、さすがに「100パーセント信用している」という状態ではなかったらしい。ちょっと目を離せばすぐさま全財産盗まれてしまうような街で生き延びているのだから、当然の警戒心だ。
実際、アイコさんのパートナーの方は新手の詐欺なのではないかと訝しんでおり、「本当に大丈夫なの?」と聞いてきたと言う。たしかに出身校も名前も、いくらでも偽れる。

それでもアイコさんは、パートナーにこう言ってくれたという。

「りさちゃんは正しい“学年カラー”を言えたから、大丈夫だって!」

『学年カラー』とは、文字通り、学年ごとに振り分けられたカラーのことだ。わたしは黄学年で、アイコさんは青学年。女子学院は中高一貫なので、中学1年生の時に割り振られたカラーを6年は使い続ける。毎年行われる体育祭では、それぞれが学年カラーの鉢巻きを巻いて学年対抗で競い合ったり学年カラーを基調にしたマスゲームを披露しあうのもあり、卒業生にとっては、何年経っても地味に頭にこびりついている存在となっている。

(イメージ:写真AC)

もっとも、うちの学校にしかない制度というわけではないし、シンプルな概念なので、話を合わせようと思えばいくらでも合わせられる。
大体、学年カラーが言えて、嘘偽りなく同窓生だったとしても、別に全員が全員、善良な人間というわけではないだろう。純然たる同窓生であっても何がしかの詐欺行為を働かれる可能性も全然あるのだ。
その点で言えば、アイコさんの「大丈夫」は何も「大丈夫」ではなかった。きっとパートナーの方も本当に説得されたわけではなかっただろう。

しかし、アイコさんはわたしの「学年カラー」を信じてくれて、「大丈夫」の根拠にしてくれた。その大雑把な優しさというか、潔い決断が嬉しくて、それって“うちの学校っぽさ”かもなあという気持ちが浮かんできた。お金が手に入ったこと以上に、そのことに、泣きたいような嬉しいような感情を抱いて、その晩はロンドンで初めて、ぐっすりと眠ることができた。もしかしたら、お金を盗まれる前よりも、安堵していたかもしれない。

その後は、スリにあわず、命の危険も感じず、つつがなくロンドンを楽しむことができた。美術館に行ったり他の国に足を伸ばすのに精一杯で、アイコさんとはお金を受け取った日以来直接会えていないのが心残りだ。
当時、アイコさんが日本に一時帰国する時などにまた会おうねと話していたのだが、あれよあれよと新型コロナウイルスが蔓延してしまい、それどころではなくなってしまったのだ。パンデミックが始まって以降、イギリスでは日本以上に予断を許さない感染拡大が続いており、医療に関する仕事をしているアイコさん夫婦は、本当に多忙そうだった。
昨年一度近況を聞くメッセージを送ったのだが、結局、いくら近況を聞いても、日本にいる自分にはどうにもできないわけで、それ以上の連絡がためらわれていたのだ。

今年に入って、新年の挨拶を口実に、思い切ってアイコさんにメッセージを送ってみた。
アイコさんはとても元気だった。なんと前回連絡した直後に、夫婦で陽性となってしまったことも教えてくれた。幸い軽症で済んだそうで、ロックダウンでスーパーマーケットしか開いていないロンドンの味気なさを、本当に残念そうに語っていた。

今でもわたしは同学年の同窓会には行かないし、これからも多分行かないだろう。
「縁」も「絆」も「同窓」も未だに抵抗がある、母校への反抗期真っ最中だけれど、それでも、こうして自分がアイコさんに助けられてしまった以上は、きっと他の誰かを助けるべき時が来るんだろうなあとも思う。現にアイコさんには恩返しができていないし、他に同窓生と知り合っているわけでもないので、来ない可能性の方が高いのだが……。
万一そんな機会があった時に、アイコさんみたいな先輩(後輩?)でいたいなという気持ちが、30歳過ぎて生まれてきた。学校を卒業したばかりの自分に言っても、きっと信じてくれないだろうなと思う。
相手は、見知らぬ後輩かもしれないし、知っている同級生かもしれないし、本当は同じ女子校で育ったかどうかなんて関係なくてもいい。相手がどんな人間かではなく、自分が、潔くて大雑把な優しさを持てるかどうかなのだから。

世界のロックダウンが明けて、アイコさんとまた会えたら、今度はわたしがビールをおごろう、と思っている。

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Written by ひらりさ
ひらりさ

ライター・編集者。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。
劇団雌猫としての編著書に、『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。
個人としてもアンソロジー同人誌『女と女』を発行するなど、女性にまつわるさまざまなテーマについて執筆している。
初の単著『沼で溺れてみたけれど』(講談社)が発売中。

»https://twitter.com/sarirahira

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