最終話「漁師とおかみさん」

最終話「漁師とおかみさん」


短いからもうひとつだけ。
『奇妙なお呼ばれ』は、へんてこさではグリムの中でもトップクラスだ。

白ソーセージ(レバーヴルスト)は赤ソーセージ(ブラックプディング)の家に昼食に呼ばれた。玄関に入って階段を昇りながら、喧嘩をする箒とシャベルや、頭に大怪我をして包帯を巻いた猿など、白ソーセージはへんてこなものと出くわした。部屋に入った白ソーセージは赤ソーセージに階段で見た奇妙なものについて訊ねるが、赤ソーセージは聞こえないふりをする。料理の出来が気になると言って赤ソーセージが台所へ引っ込んだとき、突然部屋に入ってきた何かが「ここはソーセージ殺しの家だ! 早く逃げろ!」と言った。あわてて白ソーセージが窓から外へ飛び出すと、別の窓から長い包丁を持った赤ソーセージが白ソーセージを残念そうに睨みつけながら、「今度はただじゃおかないからな!」と叫んだ。
(グリム童話「奇妙なお呼ばれ」より)

ほとんど悪夢だ。
教訓も意味もカタルシスも何もない。

今回は最後にもうひとつ。
意味不明だけど何となく意味ありげな、いや深読みすればとても重要なテーマを提示している話を、やはりグリムから取り上げる。
タイトルは「漁師とおかみさん」。

むかしむかし、漁師とおかみさんが、汚くて小さな家に住んでいました。
ある日、漁師が釣りに出かけると、一匹のカレイが釣れました。
「おおっ、これは立派なカレイだ。よし、さっそく町へ売りに行こう」
漁師はそう言ってカレイをカゴに入れようとすると、そのカレイが漁師に話しかけてきたのです。
「漁師のおじさん。
実はわたしは、魔法をかけられた王子なのです。
お礼はしますから、わたしを海へ戻してください」
言葉を話すカレイに漁師はビックリしましたが、やがてカレイをカゴから出してやると言いました。
「それは、かわいそうに。
お礼なんていいから、はやく海にかえりなさい。
それから、二度と人間につかまるんじゃないよ」
漁師はカレイを、そのまま海へはなしてやりました。
さて、漁師が家に帰ってその事をおかみさんに話しますと、おかみさんはたいそう怒って言いました。
「バカだね!
お礼をすると言っているのだから、何か願い事でもかなえてもらえばよかったんだよ。
たとえば、こんな汚い家じゃなく、小さくても新しい家が欲しいとかね。
・・・さあ、なにをグズグズしているんだ。
はやくカレイのところに行って、願いをかなえてもらうんだよ!」
漁師は仕方なくもう一度海に行って、カレイに話しかけました。
するとカレイが海から出てきて、漁師に言いました。
「家に戻ってごらん。小さいけど、新しい家になっているよ」
漁師が家に帰ってみると、おかみさんが小さいけれど新しい家の前で喜んでいました。

しばらくは小さいけれど新しい家に住んでいましたが、やがておかみさんが言いました。
「こんな小さな家じゃなく、石造りのご殿に住みたいねえ。
・・・さあ、なにをグズグズしているんだ。
はやくカレイに、言っておいで」
漁師が海に行ってカレイにその事を話すと、カレイは言いました。
「家に戻ってごらん。小さな家が、石造りのご殿になっているよ」
家に戻ってみると、小さな家はとても大きな石造りのご殿になっていました。
大きな石造りのご殿に、おかみさんはすっかり満足しましたが、やがてそれにもあきてしまい、また漁師に言いました。
「家ばかり大きくても、家来がいないとつまらないね。
やっぱり家来のたくさんいる、大貴族でないと。
・・・さあ、何をグズグズしているんだ。
はやくカレイに、言っておいで」
「でもお前、欲張りすぎじゃないのか?
大きな家をもらっただけで、いいじゃないか」
漁師がそう言うと、おかみさんは怖い顔で漁師をにらみつけました。
「なに、言っているんだい!
命を助けてやったんだから、そのくらい当然だよ。
さあ、はやく行っておいで!」
漁師は仕方なく、もう一度カレイにお願いしました。
でもカレイは少しもいやな顔をせずに、ニッコリ笑って言いました。
「家に戻ってごらん。大貴族になっているよ」
家に帰ってみると、おかみさんは大勢の家来にかこまれた大貴族になっていました。
大貴族になって何不自由ない生活でしたが、おかみさんはこれにもあきて、また漁師に言いました。
「いくら貴族といっても、しょせんは王さまの家来。
今度は、王さまになりたいね。
・・・さあ、何をグズグズしているんだ。
はやくカレイに、言っておいで」
「・・・・・・」
おかみさんのわがままに、漁師はあきれてものが言えませんでした。
しかし、おかみさんにせかされると、仕方なくもう一度カレイのところへ行き、恥ずかしそうにおかみさんの願いを言いました。
「家に戻ってごらん。王さまになっているよ」
家に戻ってみると家はお城に変わっており、おかみさんのまわりには大勢の貴族や大臣がいました。
福娘童話集「漁師とそのおかみさんの話」より)

……なぜおかみさんの欲望はこれほどに際限がないのだろう。

かつては夫婦二人であばら家に住んでいたのだ。石造りの御殿で十分なはずだ。
なぜ満足しないのか。なぜ家来を欲しがるのか。なぜ権力を求めるのか。


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Written by 森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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