第4話 雪女

第4話 雪女


 「迂闊すぎる」

 突然戸口が開き、生前とほぼ変わらない外見の茂作が言った。蒼褪めた巳之吉の顔のすぐ上で激昂していたはずのお雪は、さすがに唖然と茂作を見つめ、「何なのよ」とつぶやいた。「……何であんたがここに出てくるのさ」
 「じっと見ていたわい」
 「執念深いわね」
 「当り前じゃ。50代前半で殺されて、しかも老人とまで言われたんじゃ」
 「だから語尾のじゃはやめたほうがいいよ」と巳之吉が言った。
 「口癖になってしもうた。それよりも巳之吉、なんでおまえ、あの夜のことを話した」
 「いやあ、なんかもう時効かな、と思って…」
 「甘い」
 「そうよ」
 「おまえもおまえじゃ」と言ってから茂作はお雪を睨みつけた。
 「何で子供を十人も作った」
 「だってさあ」
 もじもじと頬を赤らめる雪女を見つめながら、「産めよ増やせよの時代です」と巳之吉がかばう。どうやらまだ未練があるようだ。
 「一年に一人と計算しても十数年以上が過ぎたわけじゃ。ということは巳之吉の歳は35歳過ぎくらいかの」
 「歳にこだわりますね」
 「少なくとももう美少年の歳ではない」
 「おっちゃんよ」

 少し間をおいてから、「…だからか」と巳之吉が言った。「だから僕を捨てたのか」
 雪女は答えない。茂作が「なぜそこまで外見にこだわるんじゃ」と言った。

 「外見にこだわったのは、私じゃなくてヘルン先生よ」

 

 雪女のこの言葉に、茂作と巳之吉は黙り込んだ。そんな二人をしばらく見つめてから、「先生は子供のころの怪我で左目を失明したのよ」と雪女は静かに言った。
 「眼球が白濁してしまった。だから写真を撮られるときには、ほぼ必ず顔の右側だけをカメラに向けていたのよ」
 「そういえば教科書で見たラフカディオ・ハーンの写真も横顔でした」と巳之吉がつぶやいた。
 「他に有名なのは目を閉じて俯いている写真ね。左目を手で隠した写真もあるわ」
 「なぜそこまで気にされたのじゃろう。サングラスをかけるとか眼帯をするとかすればよかったじゃろうに」
 「今ならその発想もあったかもね」と雪女が答えた。

 「…私は日本では外国人です」
いつのまにか現れたハーンが、左目を片手で抑えながら静かに言った。
 「しかも来日してしばらくは、出雲や熊本で生活しました。日本人のほとんどは外国人を見ることなどないままに生涯を終えた時代です。道を歩くだけで多くの人が立ち止まったり声をあげたりします。じろじろ見られます。サングラスや眼帯をかけても外国人であることは隠せません。自分の外見を気にして当たり前だったと自分でも思います」

 「この国は昔から排他性が強い」と茂作が言った。「封建時代の村落共同体的なメンタリティが今も残されている」

 「入管改正法はどうなるのでしょう」と巳之吉がつぶやいた。
 「外国人との共存、ではなくて、労働者として利用しているように僕には思えます」

 「言葉を変えれば奴隷制よね」

 台本を床に置いてから天井に設置されたカメラのレンズに視線を向けた茂作が、「今回はそれがテーマなのか」とつぶやく。他の三人も顔を上げてカメラを見つめる。パソコンの前で状況を見つめていた森達也は、思わず視線を逸らすように顔をそむける。

 巳之吉がカメラに向かって、「ちょっと無理やりでしたね」と言った。

 「この人は時おりそうよ」と雪女が吐息をつく。うるさいバカと森達也はパソコンの前でつぶやく。でも三人に森の声は聞こえない。

 「作家としての限界かもね」

 「出来不出来は常にあるもんじゃ。ただし今回は、その結果としてわしは54歳で老いぼれ扱いされて殺された」
 「まだ言っているわ」
 「死ぬまで言うぞ」
 「いやもう死んでいるから」

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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